武田晴信に仕えていた真田幸隆の家紋「真田六文銭」の逸話。
そもそも六文銭とは死装束の一つです。
亡くなった方に納棺の際に一緒に収める副葬品。
なんだか不吉ですね。
これは幸隆の経緯にあります。
幸隆は信濃国小県郡の領地を統括する領主でしたが、海野平の戦いにて奪われます。
住職は、これを「死」と捉えたようです。
その後、浪人として領地回復の機会を狙っていた幸隆は、武田への奉公することで領地を取り戻せる機会を得ます。
この旅立ちの際に、住職から「死んだものは二度とは死なぬ」という意味を込め、六文銭を渡されたと言われています。
これまで真田家の家紋として「結び雁金」や「州浜」がありましたが、ここで一新します。
「真田六文銭」の誕生です。
その後は、この真田六文銭が家紋(定紋)として使用されていたようです。
真田家は知略に長け、乱世を巧みに生きた名門です。
後に、真田幸村、真田幸昌など歴史に名を残す名武将も登場します。
かっこいいですね!真田家。